社内コラム 令和6年7月号
責任を引き受けるということ|見返りを求めない贈与がつながりを育てる
公開日:2024年6月13日 発行:株式会社ぐりーん
このコラムは、ぐりーんの職員向けに毎月発信している社内コラムを、求職者の皆さま向けに編集したものです。私たちが日々どんなことを考え、大切にしながら働いているのかを知っていただくきっかけになればうれしいです。
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便利になった暮らしと、「個」の時代
戦後の日本では、多くの家庭が十分なお金を持たないなかで、家族や近所の人と支え合いながら暮らしていました。やがてテレビや冷蔵庫、洗濯機、自動車が一家にそろい、子ども一人ひとりに部屋ができ、暮らしはずっと便利で快適になりました。
もともと人が家族や集団をつくるのは、自然の厳しさから身を守るためでもありました。科学技術によって寒さや暑さ、暗さ、移動の不便さをある程度コントロールできるようになると、人は集団よりも「個人」を大切にする方向へと歩み始めます。自分らしく生きる自由や権利が守られるようになったことは、大きな前進です。
その一方で、かつて家族が集まって見ていたテレビが一人ひとりの部屋に置かれるように、人と人が自然に関わり合う場面は少しずつ減っていきました。何でも「自分で決めて、自分で責任をとる」ことが当たり前になると、困っている人に手を差し伸べる余裕も失われがちです。
本来は責任のないことに、責任を持つ
ここで考えたいのは、「自己責任」とはまったく別の意味での責任です。それは、本来は自分の責任ではない「いま・ここ」の出来事に対して、あえて責任を引き受けるということです。
損得だけで考えれば、割に合わない役回りかもしれません。けれども、人が集団で生きていくためには、誰かがその役割を引き受ける必要があります。地域の行事や見守り活動を支えている人たち、気づいたときにそっとゴミを拾う人。そうした人がいて初めて、地域や職場という「場」に血が通います。
最初の「贈与」が、つながりを動かす
フランスの人類学者マルセル・モースは、世界各地の社会を調べ、贈り物を受け取った人は「何かお返しをしたい」と感じ、その贈り合いが人と人との関係を結んでいくことを明らかにしました(互酬性)。
誰かが見返りを期待せずに最初の一歩を踏み出すと、それを受け取った人の中に「自分も何かしたい」という気持ちが生まれます。責任のないことに責任を持つというのは、言い換えれば、リターンを期待しない贈与を最初に行うことです。
しつけの場面では、ごほうびがあるから行動を覚える、ということがあります。それに対して、親が子どもに注ぐ愛情は、見返りを求めない一方的な贈与です。子育てを通して、人は「責任を引き受ける大人」になっていくのかもしれません。リターンを期待せずに与えることで、私たちは大人になっていくのだと思います。
子どもの支援にも、働く私たちにも
子どもの支援は、すぐに目に見える成果が返ってくる仕事ではありません。それでも、一人ひとりの「できた」を信じて関わり続けることが、子どもの安心と成長を支えます。
チームの中でも同じです。誰の担当とも決まっていない小さな仕事に気づいて手を動かす、困っている仲間に声をかける。そうした一人の行動が、「次は自分が」という気持ちをチーム全体に広げていきます。もちろん、時間外に無償で働くことをすすめているわけではありません。勤務時間の中で、お互いに少しずつ「先に与える」ことを大切にしながら、支え合えるチームをつくっていきたいと考えています。
監修:佐野 明香(児童発達支援管理責任者) 監修日:2026年10月15日
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